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1996年5月24日(金) 全国農業新聞の「家庭 くらし」欄に紹介記事が掲載されました




介護講談の出前”引っ張りだこ 
      実母と義母の二人を体験
        泣き笑いを一席
          元気出ると農村のお客

″いい嫁″よりも、ときに″鬼嫁″になることも大事−−女性講談師・田辺鶴英(かくえい)さんの″介護講談″が人気を呼んでいる。実母と義母の二人を介護した体験をもとに、泣き笑いを語る一席。要介護老人を抱える家族に「元気が出る講談」と好評だ。農村への″出前口演″にも忙しい鶴英さんに、実践的介護の秘けつを聞いた。

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 実母とお姑(しゅうとめ)さん、2人の介護をなさったそうですが・・・・・・

「実母は、私が18歳のときにクモ膜下出血で寝たきりになり、3年間介護。義母は、結婚(昭和57年・26歳)して9年目、リウマチ性関節炎とジン臓病の悪化で3年間、下の世話など介助や介護をしました。

義母は広島の被爆者で71歳で他界する半年前は完全に寝たきりになってしまいました」

 ニ度にわたる介護体験、大変でしたでしょう。

「大変といえば、たしかに大変でした。実母は入院中の付き添いでしたが、短大に通学中で、十分に世話できなかった思いが残っています。義母のときは娘の子育て最中で入退院の付き添いから生活介助、下の世話から一切の介護が必要となりました。でも、いずれの場合も苦労と思ったことは一度もありません」 

 ″大変″と″苦労″は違うのでしょうか。 

「大変というのは、″非日常″の出来事に出会うこと。でも、ウンコやおしっこをもらしたのなら、ふけぱよい、多少は臭いけれど……と思ったり、痴呆症の出現で徘徊(はいかい)が始まっても、″無事に帰ってくれたらうれしい″と考えると、それほど苦になりません。何事も悪いふうでなく、よいほうに思うよう努めると苦労でなくなります」

 それにしても、そうした″大変″さが続くと、荷がだんだん重くなってきませんか。

「たしかにそうです。私の家でも、義父、夫、義弟ともに男たちはすべて嫁まかせと、義母の介護に非協力的でしたから、時間的、体力的にも限界点に達しかけました。そこで私は、あるときヒステリーを起こしたのです。それがよかったのですね。以来、男たちも介護に参加するようになりましたから……」 

 頼みの綱の嫁にギブ・アップされたらおしまいですものね。

「私も最初は″いい嫁″をめざしてましたが、時には″鬼嫁″になることも必要なんです。ここまでやれるが、ここから先はできないとハッキリさせること。
介護は、周囲の人間みんなで分担するなり、たとえ嫁が中心でもできるだけ手助けして荷を軽くさせること。嫁のほうも、一人で何にもかも背負わないことにしょう」 

**** 1996年5月24日全国農業新聞より抜粋 ****


 
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