└─
鶴瑛News  
TopPageKakueiMailBack

 

 

月刊ブリコラージュ 11月号の「こちら現場です」に修羅場介護日記の現場の取材記事が掲載されました



介護真っ最中の講談師、 田辺鶴瑛さんを訪ねる

レポート:朝倉義子(とんでる看護師)

 9月の土曜日、私は都内のさる住宅街に向かった。今年になってから2度目である。向かうのは、介護講談で全国行脚している田辺鶴瑛さんのお宅だ。  

彼女の講談を耳にされたことがあるだろうか?彼女は、若くしてお母様の看取りを、結婚してからはご主人の義母様を看取られた。ある日、突然ひらめいて、ひげの講談師田辺一鶴さんのお弟子さんとなられ、今までの介護の経験を講談として語られるようになった。鶴瑛さんの話は、介護経験者の現実的な話で本音で語るため、介護家族から絶大な支持を受けてきた。  

その鶴瑛姉さんのお義父様が脳梗塞でマヒと認知症の症状が進行し、現在「要介護5」。今まで別のところに住んでいたが、自宅に引き取られることになって、またまた介護現役生活が始まったというのだ。しかも、そのお義父様の妹さん、つまり義理の叔母さんもお隣で認知症が進行中で「要介護3」。徘徊は毎日の出来事、ごみ屋敷になっていた家を最近やっと片付けたところだという。  

今年1月頃だったか、お義父さまの様子を見に来てくれと鶴瑛姉さんから呼ばれた。 「お医者さんからはもう永くはないと言われていて、3月いっぱいかと家族では勝手に判断している。鑑定してくれない?」  

日ごろ「看取り」について講演をしている看取り専門家(?)の私に認知症の進行具合と、この後どのくらいもつのか「認知症鑑定」をしてほしいというのだ。彼女は「要介護認定」ではなくて、「鑑定」と言う。骨董品やお宝などを鑑別するのが「鑑定」だ。  「うちのおじいちゃんはお宝だから、やっぱり『鑑定』でいいんだと思う」  

どう見立ててもまだまだ体力がありそう。お体が大きくて毎晩大声を出し、鶴瑛姉さんが行くまで怒鳴って、壁をどんどん叩いて自己アピールをしているという。3月どころか、2、3年はいけそう?かな…。

叔母様と  

1月にはそのような状態だったが、その後何度か小さな脳梗塞の発作を起こし、医者からは「起座位をとらせないように!」と言われて、食事時間に半座位をとらせるだけの介護状態となったと聞く。  

あれから8か月、最近、鶴瑛姉さんは2人分のケアプランを自己作成し始めたという。どのような様子か、ご自宅に訪問させていただいたというわけだ。  お義父さまは、以前より食事量が減ってはきているものの、まだまだお好きなものは食べることができているとのこと。毎日ヘルパーさんに来てもらっており、鶴瑛姉さんが仕事で出かけている時には、娘さんの小麦ちゃんが看ている。  「一番の関係者である肝心のご主人はどのくらい介護に携わっているの?」  「体調が悪くて臥せっているの」  「エ?ッ、じゃ3人も介護しているの!?……!」  ふ?ん、1人介護できる人は、2人でも3人でも介護できるものなんだなあ。  

ケアマネジャーとして訪問すると、介護の方向性の話ではなくて、夫婦の離婚問題、財産問題、兄弟姉妹や親子間で話ができないなど、家族間の調整の話ばかりだ。介護が問題ではないのだ。家族はすでに崩壊しているのだが、要介護者が家族の中に出現することで初めて家族間の問題が認識されたということなのだろう。ケアマネジャーの仕事の多くは家族調整(ファミリーカウンセリング)なのだ。  

鶴瑛姉さん宅のように家族の考え方がまずはっきりしており、近くに住むご親戚も温かく見守っているような家族や地域は少なくなってきたのかもしれない。  居宅サービス計画を見せてもらうと「総合的な援助の方針」のところに「ターミナルに向けて本人の気持ちのよい暮らしができるように支えたい」とある。難しく専門用語で書かなくてもいい。わかりやすいことが一番だ。伯母さんの「総合的な援助の方針」にも「ターミナルに向けて本人のいいように支えたい」とある。

真中がお義父様。右は娘さんの小麦ちゃん   

「おばさんはまだお元気でターミナルではないように思うけど」と聞くと、「夏に貧血がひどく、輸血をしたら元気になったのよ」「数か月だったらいい嫁でいられるけど、何年続くかわからないと思うと最期を待ちわびるようになるものよ」と言う。  そう、ターミナルであってほしいという家族の希望であったのか。  

先日、久しぶりに鶴瑛姉さんの介護講談を聞いた。 「もう先は長くないと医者から言われ2?3か月の予定で引き取ったのに、すでに6か月………(大笑)。このごろは大声で叫んでも必要以外はすぐには来てくれないと悟り、使い分けて自立し始めました」 「そうだ!」と、聞いている介護現役者や経験者たちが相槌を打つ。 「来年の今頃も、その後のおじいちゃんの話をしに来てね」の掛け声に、 「その頃には介護は終了している予定です」 「看取りの話を楽しみにしているよ!」  命の話をこのように本音で語り合えるのも家族関係がしっかりしているからこそ。

以上、現場からお送りいたしました。


 朝倉義子(あさくらよしこ)
1960年愛知県豊橋市生まれ。看護師。 大学病院、重症心身障害児施設、診療所での訪問看護などを経て、1993年、ボランティアで民間デイサービス「豊橋生活リハビリクラブ」を始める。最近は、ケアの新しいスキルとして、介護スタッフのカウンセリングや心理トレーニングにも取り組み、ユニークな「ZIZIBABA体験」(寝たきりや障害などの実態を疑似体験するトレーニング)を考案・実践するなど、介護の実力と技術を高める研修プログラムに力を入れている。
http://www5.plala.or.jp/giko/yoshiko.htm



 発行:生活とリハビリ研究所
http://www.mdn.ne.jp/~rihaken

 


ページ先頭へMailトップページBack鶴瑛トップページ