記事一覧

あっち亭です。同年齢の知人が急逝。私もなくなるまえに……

2017.06.18

大阪に演芸を見に行きました。
二年ぶりです。
いったところは、一心寺(いっしんじ)門前浪曲寄席、動楽亭、天満天神繁昌亭、京都の安井琴比羅会館、トリイホール、道頓堀・角座(かどざ)。
印象に残った演芸家です。
浪曲の菊地まどか(曲師・沢村さくら)の「壺坂霊験記」、声・節・啖呵ともに素晴らしい。
桂九雀(かつら・くじゃく)の「皿屋敷」、この落語家は人間のスケールも大きい。
桂九雀の弟子・桂九ノ一(くのいち)の「東の旅 発端」、この若手は、くのいちといいながら丸坊主の大男です、大型新人。
桂そうばの「粗忽の使者」、見るたびに新鮮で笑わされる。
曲芸の暁(あかつき)あんこは妙齢の女性。あおむけに寝て、おおきな襖(ふすま)を足で自由自在に回していた。いま東京では見られない芸です。驚きました。大拍手。

あっち亭です。本は校了になったようです。

2017.06.08

 五月三十一日は浅草演芸ホールで余一会。三千円。落語芸術協会の新・真打(しんうち)二人の真打昇進披露興行。ここの真打披露口上で、三遊亭小遊三(さんゆうてい・こゆうざ)は新・真打二人のための祝辞をのべず、舟木一夫の「高校三年生」をご丁寧にも三番まで歌っただけだった。私も笑ってしまったが、真打披露口上はかくのごとく価値の低いものになってしまった。講談の世界でも最近はそうなのです。披露口上は笑いを求める場ではないだろう。真面目にやれ、真面目に。
 六月二日、西葛西のイオン四階の「イオン寄席」で東家一太郎(あずまや・いちたろう)の浪曲を聞く。三味線は妻の東家美(みつ)。ネタは「阿漕が浦(あこぎがうら)」。初めて浪曲を聞くかたにも丁寧親切に浪曲の説明をして、好感がもてる。
 六月三日、演芸関係者から宗教の勧誘を受ける。なぜ、私を誘うのですかと聞く。理由は、私が不幸そうに見える。最近、やせてきた。猫背だ。昔、ガンにかかったことがあると。「不幸そうに見える」ことと不幸は違うし、不幸が悪いことでもないだろう。
 六月六日、浅草・木馬亭の定席。トリは國本晴美(くにもと・はるみ)で「真柄(まがら)のお秀」。このネタは弟子の国本はる乃にあげて、晴美師は久しぶりだった。晴美師のもっとも人(にん)に合った話で、満足しました。
 六月七日、千駄ヶ谷の国立能楽堂で狂言「蝸牛(かぎゅう)」。山伏を蝸牛(かたつむり)と間違えて捕まえる男の話。ものを知らない男もいるものだと、あきれたが、それは私だ。もうしわけありません。

あっち亭です。五月も今日でおしまいです。近況です。

2017.05.31

五月十八日は亀戸の亀戸梅屋敷寄席で三遊亭朝橘(さんゆうてい・ちょうきつ)の真打ち披露興行。千円。朝橘の師匠、円橘の「こんにゃく問答」が勉強になる。このかたは落語に食いついている。
 五月二十一日、将棋ペンクラブの関東交流会、千駄ヶ谷の将棋会館で。会費は三千円。ここで木村晋介さんと対局、まぐれ勝ち。非常に珍しいことなので、ここに書いておこう。私は将棋も弱いのです。
 五月二十三日は夜、木馬亭で浪曲を聞く。大阪から曲師の沢村さくらが来ての会。大阪の写真家、小林正明さんが東京の写真ギャラリーで、沢村さくらを撮影した写真展を開いて、それを記念した会でした。大阪の真山隼人(まやま・はやと)が熱演、好感がもてる。会の名前が「沢村家のおんなたち」。沢村さくらの師匠は、名人・沢村豊子。豊子には、さくらのほかに、沢村美舟(みふね)という女弟子がいる。この美舟も成長株。当日は沢村豊子、さくら、美舟の会でした。会の主宰が玉川奈々福、二席つとめたが、最近は貫禄もついてきて、場内を圧倒していた。
 五月二十五日は国立能楽堂。新作狂言「かみいれ」を見る。新作とはいえ、昭和二十八年の作品。古今亭志ん生の「紙入れ」の狂言化。狂言を見慣れていないので、なんともいえない。古典芸能も新作をどんどん作っているのは事実です。
 五月二十九日は国立小劇場で文楽。「加賀見山旧錦絵(かがみやま・こきょうのにしきえ)」。人形ならではの激しい動きに度肝を抜かれる。太夫陣の層の薄さにかなしくなった。

あっち亭です。私の落語をきいてくださる奇特なお客様です。

2017.05.20

私の写真が載っているのでご紹介します。下の、なんというんですか、JRかUR,違うな。yukiton 沈黙図書館と検索すれば出てきます。5月13日の、このブロクを書いている作家は塩澤幸登(しおざわ・ゆきと)さん。私が勤めていた会社の先輩だ。退職後、たくさんの本を書き、たくさんの本の編集をしている。塩澤さんの本は図書館でも読めます。さっき、このブログを見たのだが、毎日、精力的に動き回っていらっしゃる。人はおもしろい。
http://ameblo.jp/yukiton-4030/day-20170513.html

あっち亭です。「殺しても罪にはならぬ腹の虫」は名文句です。

2017.05.18

   昨日(5月18日)はお江戸両国亭で講談を聞く。トリの神田織音(かんだ・おりね)の「雲居禅師(うんご・ぜんじ)」が良い。雲居禅師は伊達政宗の時代、松島・瑞巌寺(ずいがんじ)の住職になった高僧。いいはなしを聞きました。いまの講談は織音、一龍齋貞弥(いちりゅうさい・ていや)、田辺鶴遊(たなべ・かくゆう)がいいですよ。

あっち亭です。また、働き口を探そう。

2017.05.17

    遅ればせながら5月12日の、あっち亭こっち勉強会は無事に終了いたしました。関係者の皆様に感謝いたします。番組だけご紹介いたします。
番組
落語『道灌』MISAKO
落語『お見立て』あっち亭こっち
落語『初天神』ナホミ・カンデル
落語『権助提灯』紺野相龍
            仲入り
講談  『母里太兵衛(もり・たへい)』                 森丸
落語『道具や』あっち亭こっち 

 わたくしなどは声を鍛えていない、演題の解釈はできていないなど、いいかげんなことばかりで、申しわけないと思っております。が、また会はおこないます。
 一年契約の臨時雇いの仕事が終了いたしました。年齢によるものです。来週からハローワークに通おう。
 

あっち亭です。大型連休も終了しました。

2017.05.07

四月二十九日と四月三十日は、どちらも個人宅で落語を演りました。四月二十九日は神奈川県。四月三十日は和光市の湯川博士さんの家でした。この日は和光駅のホームのベンチに着物のバッグを置き忘れ、帰りには湯川宅にジャケットを忘れてしまいました。最近は、もの忘れが激しい。桀紂(けっちゅう)は、その身を忘ると。あきまへんなあ。
 五月は二日、五日、七日は浅草・木馬亭の定席に行きました。二日は東家浦太郎がトリで、がんばっていた。「紋三郎の秀」。五日は玉川福太郎の追善興行で満員。トリのイエス玉川のときに客席後方から「ダジャレはやめて浪曲をやれ」と半畳が入った。私も言いたいことだった。七日は国本晴美を見に行った。「三婆物語」。老少不定とはいえ、最愛の息子に先立たれたことはかなしい。晴美師は天国の武春にむかって浪曲をかたっている。
 五月十二日の私の勉強会。午後一時開演、お江戸両国亭、500円。先日、私のお客様から、ハンサムといわれた。そうか、おれはハンサムなのか。昨日、パン屋に入ったら、私をハンサムという声が聞こえて、振り向くと、見知らぬ人が「ハムサンドをひとつ」と注文していたのだった。とんだ落語の「紀州」でした。皆様のお越しをお待ちしております。
 

あっち亭です。先日かいたエッセイです。発行部数15部。謝礼は千円の図書カード、ありがたいことです。テーマは「和式トイレ」です。

2017.04.28

古武士・仲代達矢のブツを見た。
長田衛(おさだ・まもる。64歳。演芸研究家)
  便秘とかけて、ハイジャックされた飛行機と解く。その心はウンコウのゆくえが気になります。
  私は現在では酒をやめましたが、飲んでいる時分は翌日はほとんどお腹がゆるくなりました。路上で便意を催すことも多く、私が排便をこらえて路上で身をよじって、爪先だちになり内股でおそるおそる歩く姿は日本中の防犯カメラに何度も録画されているだろう。ただしこれまで挙動不審者として拘束されたことはありません。
  今回のテーマは和式トイレだ。こんな糞便を、いや分別をわきまえないテーマがあるのか。あまりにも尻の穴のゆるい私にぴったりなお題です。書かれる内容もおのずと体からの排出ぶつに触れざるをえないだろう。
   トイレといえば便。映画「卒業」が頭をよぎる。「ベーン(便)」「イレーン(入れない)」。そういう役名のダスティン・ホフマンとキャサリン・ロスの名画でした。便と入れないでは、まるで便所でのいざこざみたいですね。
   推理小説やミステリの文庫の解説に、よくこう書いてあります。ーーこれからさきは本書のトリックについて触れますので、本文から先にお読みください。ーーと。これに倣うと、これから先は、ブツの形状やにおいも触れますので、清潔好きな読者や下ネタが嫌いなかたはこのページを閉じるか先にお進みください、となります。
  和式トイレというと、学生時代の高田馬場のパチンコ屋を思い出す。45年以上前のことだ。当時の私は大食らいで、一日に4食はたっぷり食べていた。あるとき、珍しいことに3日ほど、通じがなかった。それで高田馬場でのパチンコ屋だ。和式トイレに入って、3日分を出しました。ウンと軽く気張ると反動で体がぐっと浮いて、ずるっと長い大蛇が飛び出した。とぐろを巻かずに、一本の棒だった。見ると先から色の濃淡が3日分に分かれている。きれいなグラデーションだ。そういえば、こんな俳句があったなと思い出していた。
去年(こぞ)今年 貫く棒の如きもの(高浜虚子)
 この便には名前を付けた。NHKの演出家、和田勉(わだ・べん)にちなみ、高田馬場なのでババ・ベンとした。ババ・ベンは重々しく排水口に流れていったのだ。
 やはり45年以上前のこと、実家(宮城県塩竈市)に帰省した私は映画「切腹」を見に、仙台市の仙台松竹にいきました。映画は小林正樹監督の重厚な作品で圧倒された。終映後、便意を覚え、和式トイレに入ると、そこには先客が残した大きな遺失物が堂々と屹立(きつりつ)していた。トイレットペーパーを使った痕跡がない。それは威厳と虚無感を覚えさせるものだった。「切腹」の主人公、古武士の仲代達矢がしたものだとなぜか直感した。彼は武士として人間として屈辱に耐えて正道を貫く男だった。石浜朗が扮したのは仲代達矢の娘婿(むすめむこ)役で、名前が千々岩求女(ちぢいわ・もとめ)。貧乏のあまり心が千々に乱れる、女性的な優しさを持つ、いかにも役柄にぴったりとした名前だった。いっぺんで覚えた。「復讐するは我にあり」の榎津巌(えのきづ・いわお)もそうで連続殺人鬼らしいゴツゴツした名だ。映画では名前は観客の耳にどう響くか、映画制作者は銘記すべきだ。
 和式トイレと仙台市というと、次の映画は「赤い殺意」だ。
春川ますみを露口茂が犯す家は仙台市の近郊で、東北本線の列車が画面によく出ていた気がする。このころの列車の便所はもちろん和式で、貯便槽はない。便は線路の直下に落ちるか、線路の周りに蒔かれていたのだ。
 10年前ぐらいに、オリエント急行に乗ったが、洋式トイレだが便器の上から、下の線路が見えた。ええー、オリエント急行でもこうなのかと驚きました。
 イタリアの便器は低くて狭い。ずいぶん不自由をしました。あるホテルでは排便のあとで水を流そうとしたが、コックやハンドルが見つからない。便器のわきの壁画のなかに、押す小さなスペースがあったのだが、壁画の抽象画の模様にうもれて、私は発見できなかったのだ(妻は誰でもわかるのよ、わからないのはあなただけよと言っていたが)。冷や汗をかきました。
 東京の神田神保町の映画館、神保町シアターのトイレは映画を見なくても頻繁に利用させていただきます。ありがたいところだ。洋式でコンパクトな作りで、したあとで見るとナニは渦巻き状になって、バームクーヘンを切った断層のようだ。
 先日、ある公共機関の洋式トイレで用を足して、私の内臓の創造ブツを見ると、広くて深い便槽に頼りなく一本、縦に浮いていた。プクプクとわずかに気泡が出して立っている姿は茶柱ならぬ、フン柱でした。
 過日、講談師の宝井琴調(たからい・きんちょう)が高座で、講談師は昔から貧乏でと言ってからマクラでこう話した。琴調が昔、兄弟子の安アパートを訪ねて、二人が話をしていたとき、汲み取り屋がやってきて、汲み取りながら独り言でこう言ったというのだ。
「このアパートのやつらはろくなものを食ってないな」
『江戸のおトイレ』(渡辺信一郎、新潮選書)は書名どおり、江戸のトイレ事情を語っています。名著です、和式トイレながら、スイセンします。江戸の長屋のトイレは総後架(そうごうか)という共同便所だった。この後架の前の一室の家賃は五十文、安かったそうだ。総後架は長屋のはずれにあって、囲いは低かった。女性が用を足すのにたいへんに難渋したことでしょう。
また、本著には、女性がおならをするには三つぐらいにわけてするという江戸の川柳が載っている。おならを三つにわけて出す。私もしています。ゆるい便のときもそうですが、ブツが飛散しないように、しゃがんで、3回ずつにわけてあそこの筋肉を緩めたり縮めたりしてします。落語には便を算盤の上にしてしまう「勘定板」や、下肥をのせた船が出てくる「汲み立て」などがありますが、私は演りません。
  温水シャワーの便座で私は痔が治りました。ありがたいことです。
 これまでのびろうな話ばかりで、皆様、お怒りになったでしょう。これが本当のフンガイ(憤慨、糞害)だなんて。排泄は大切だ。今回の原稿で、大便の気持ちが代弁できただろうか。失礼いたしました。     (2017年2月10日)

あっち亭です。貞水のダジャレに胸が詰まった。

2017.04.25

4月22日(土)お江戸日本橋亭で一龍齋貞寿(いちりゅうさい・ていじゅ)の真打昇進披露興行。満員でけっこうです。人間国宝、77歳、一龍斎貞水(ていすい)が出演した。
貞水は「王将 坂田三吉」を30分、熱演。初めて聞いた話で、師の大阪弁は珍しい。師は真打の披露口上にも登場。真打になることがどれほどの覚悟を要するか、じゅんじゅんと説いた。師が真打になると決まった50年前、「王将 坂田三吉」の作者、北条秀司を訪ねて、講談にする許可を得た話をした。いち面識もない北条秀司にぶつかっていく貞水、新進の講談師に対する北条秀司。ここの話も一場の世話物だ。高座の壇上の上手(かみて)で貞水師は語っている。当日の主役の貞寿は壇上の真ん中で手をついて頭を垂れながら、貞水師の話を、うなずきながら泣きながら聞いている。涙が滂沱と流れている。
貞水師の口上に続いて、貞寿の師匠の貞心(ていしん)が「東京大学の学長、大河内一男は子どものころから講談を聞いて育ちました。みなさんのお子さんにも講談を聞かせると、そのお子さんは東京大学の学長に」と話していると、その少しの間に貞水師が「貞寿せい高校というからな」といったから場内は大爆笑。東京大学と、貞寿せい(定時制)高校にかけたダジャレだ。貞水師のダジャレはこれも珍しい。一流の講談師はダジャレを言わないのです。ダジャレは落語家だけでいいのです。

あっち亭です。これから渋谷で東映のヤクザ映画です。

2017.04.15

  昨日は亀戸梅屋敷寄席。これは名前のとおり、亀戸(かめいど)の梅屋敷でおこなっている三遊亭円楽(先代)の一門会です。出演者の亭号はすべて三遊亭です。圓橘(えんきつ)はトリで「小言幸兵衛」、鳳志は「悋気の独楽(りんきのこま)」、好の助「黄金(きん)の大黒」で、みなさんけっこうでした。
 先日、両国寄席に行きました。三遊亭橘也(きつや)あらため朝橘(ちょうきつ)の真打昇進披露興行です。満員で驚きました。私が行ったのは最終日でした。高名な演芸評論家がいらっしゃっていて、この披露興行の10日間、毎日かよわれたそうです。すごいことだ。私はこの朝橘にも好感をもっています。
   笑い話にこんなものがあります。子どもが表でなにかを探しています。通りがかりの大人が聞きます。「坊や、なにか探し物かい」「うん、帽子を失くしたのだ」「そうかい、失くしたのはこのへんかい」「違うと思うけど、ここは明るいから探しているんだ」。
この笑い話は正しい。探すという行為が尊い。両国寄席を軽んじるひとは素人です。 
 ペギー葉山さんが亡くなられた。昨年、舞台を見ていてよかった。昨日は「学生時代」「爪」を散歩中にエンドレスで歌った。ご冥福をお祈りします。

ページ移動